両爬虫道を往く

博士にもひとかどの生き物屋にもなれなかったおじさんの日記帳 誤同定等ありましたらお気軽にコメントどうぞ

風に乗って 森の彼方へ きっといきたい…

かの虫とのファーストコンタクトはまだ小学生の頃、アーケードゲームの画面の中だっただろうか。「なんかメスみたいであんまりかっこよくないクワガタだな」と思った記憶がある。

それから十年以上経った沖縄本島北部、原生林の奥深く、そのクワガタに再会した。一目見た瞬間に鳥肌が立ち、その荘厳さに心打たれたのを今でも鮮明に思い出せる。バーチャルじゃないリアリティ、しかしながら決して触れることができない、その姿を永遠に我が物とすることは叶わなかった。

―その名はマルバネクワガタ、日本では採集規制の波にのまれ、大手を振って出会うには西表島でのみ可能なクワガタである(注:マルバネクワガタ類の観察自体はどの島でも規制されていないが、島によっては大規模なパトロールを行っているところもあり、観察目的の探索であってもトラブルの種になりかねないことからこのような表記を行った)。

 

原生林の再会から1年弱経った頃であろうか、福岡の家で寝ころびながらスレイヤーズTRYのオープニングテーマを聴いていてふと、「あぁ、あのクワガタに会いに行きたいな」と思った。目覚めた心は走り出し、止まることは無く。2本のタバコを吸い終わる頃には飛行機と車の予約が終わっていた。大学生活が折り返し点をとっくに過ぎたことで今まで以上に生き急ぐようになった自分にとっては「ふとした衝動」だけでも遠い南の島を目指す理由には十分すぎたのだ。

飛行機のお金を払ったあたりで、「ああ、そういえばマルバネクワガタのポイントを全然知らないな」と思い出したが、まあ西表は4回目だしどうにかなるだろう、ということであまり深く考えることはなかった。

10/25

いつものように那覇に前の晩に入り、朝一の便で石垣へ。寝坊してしまったがJTAを使ったおかげで飛行機に無事(ギリギリ)乗ることができた。ありがとうございました…

石垣の港から高速船で一路西表を目指す。台風が近づいており、どうにか上原便は運航していたがかなり揺れ、調子に乗って最前席に陣取ったため吐きそうになってしまった。

紆余曲折会ったが無事上原港へ。ヤエマル採集記によくある港の写真を撮ろうかとも思ったが、あんなミーハー臭い真似は嫌(ミーハー虫コレクターのくせに)だったのと、荷物で手がふさがっていてそれどころではなかったため写真はなし。

レンタカーを借り、拠点に到着して荷物を整理し終わるといい時間になっていたので探索へ。なんだかんだで西表の夜間探索は1年ぶりだろうか。SNSや現地の人からの話を聞くに、どうやら今年は空前の当たり年のようでほっと一安心。時期的に低標高にはいないと踏み、高標高の場所をチョイスして向かう。日が高いうちに下見がてら登ってゆき、降りながらクワガタを探す作戦だ…

ひいひい言いながら山を登り、そろそろヘッドライトをつけたほうがいいかな?というあたりで一度休憩をとる。夜闇が広がるうち、カエルや虫、そして得体のしれない何者かの鳴き声が響き始める。

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普通種のオオハナサキガエル

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アイフィンガーは少ない

夜の闇の中、たった一人で明りもつけずに原生林で寝ころんでいると、自分が何者なのかわからなくなる一瞬がやってくる。

…思えば、西表でいい虫を採ったことがない。ヤマネコに出くわしたくらいだろうか。そう考えると自分はこの島の森に認められていないのだろうな、ということを考えていた。

19時半ごろ、さあ行こうと明かりをつけると、至近距離に鳥が止まっていてびっくりした。

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さて、ぼくがヤエマルのポイントを一切知らないのは前述したとおりだが、「森のどんなところにいるか?」ということもほとんど知らなかった。…いや、大木のうろの中から発生して散り散りに歩き回り、足元の材やしょぼい立ち枯れなんかでも見つかるということは知識として知っていたが、にわかには信じがたかった。初めて野外でマルバネクワガタを見つけたのは大木のうろの中だったのでそういうとこばかり探していたがそういうところには意外といないものだ、という。

余談だが、ツルアダンが巻き付いた木はダメだという先入観があってあまりきちんと探さなかったのだがそういう木こそ「エロい木」だと福岡に帰ってから知り、大後悔する羽目になった。やはり事前学習は必要不可欠なのだろう、うん。

大木ばかり見て回るがいない。少し焦りながら斜面を上り下りし、とあるしょぼい立ち枯れに手をかけて大木のうろを見るがいない。がっかりしながらふと立ち枯れに目をやった瞬間、心臓が止まりそうになった。

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5秒ほどフリーズしたのち、声にならない叫び声をあげる。

誰にも頼ることなく、自分一人の手でつかんだ自分だけのヤエマル。43㎜の小歯型であり、本来ならリリースすべきサイズではあるが、記念として採集させてもらうことにした。本当に良かった。まさしく満願成就の心持ちだ。

…と、油断してしまったのかしばらく追加を求めてさまよっていると斜面から転がり落ちてしまう。急いで登山道に復帰しようともと来た道の方向へ登った…はずがGPSを見ると全く見当違いなところにいて冗談抜きで青ざめる。

このポイントは数年前に行方不明者が出ており、未だに見つかっていないという。また、今年もマルバネ目当ての採集者が遭難し、レスキューを呼ぶ事態になったという噂も聞いていたため、パニックになってとりあえず、記録したルートに戻るためにツルアダンの生い茂る急斜面を藪漕ぎするという愚挙に出てしまった。

どうにか見覚えのある道に復帰できた。こまめなGPSの確認は必要不可欠だと肝に銘じ、この日は下山することにした。

10/26

昼前に目覚める。疲れと一種の燃え尽き症候群でやる気が起きなかったがとりあえずめぼしいポイントをいくつか下見しておきたかった、のだが昼寝やらなんやらで気づいたら夕方になっていた…

今夜も同じポイントへ。昼にも一度登った見慣れた道をわしわしと登っていく。2時間弱登り、目星をつけておいた斜面を滑り降りて大木がたくさんあるエリアへ飛び込んだ。

大木や地面を嘗め回すように見ていくと…

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奄美の本ハブとの勝負の後ではサキシマハブへの恐怖はないに等しかったが、やはり場所が場所なだけに気をつけねばならない。個体数も多い。

そこそこの太さの木には、

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いた!昨日よりもデカいぞ!となったが「あっヤエマル」と叫んだだけで咆哮するほどではなかった。これが「慣れ」というやつか…

と、横の大木?に目が行く。かがめば入れそうなくらい大きくへこんでいる、あれはいかにもな木だな。と思い駆け寄ってみる。

「闘争に負けたオスがフレークのある場所から散っていく」という言葉が脳裏に思い浮かぶか浮かばないかのうちに「その光景」が目に飛び込んできた。

バカでかいクワガタが木にへばりついていて、奥には今まで見たこともないほど肥えたクワガタが鎮座している。歓喜の雄たけびも、シャッターチャンスも忘れ、夢遊病患者のように手を伸ばす。

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(5分くらい放心した後撮ったやらせ写真)

何も言えなかった。もはや満足しかなかった。この発生木の土の中に埋もれていた大歯オスの死骸を見て、「死して屍拾うものなし、なんていうのはここでは適用されないんだなぁ」としみじみ思っていると、ぽつり、と冷たいものが顔に当たった。

雨だ。雨が降ってぬかるんだら斜面を登れなくなって帰れないかもしれない、と急いで帰り支度をする(あと15分も雨が降るのが遅かったら生きる気力が燃え尽き果て、そのまま森の中で過ごそう、というメンタルになっただろう)。迷った末にメスはリリースすることにした。先ほど採った中歯のオスより大きな個体であり名残惜しかったが、メスの産卵数の多さというものを考えると正しい選択だったと思われる。

下山してみると、前日以上のレンタカーが止まっていてびっくりした。近くにいた人に話を聞くと、どうやらほかの有力ポイントが全く不調らしく、人が流れていること、低標高でもメスが採れだし、今日明日あたりに強まるミーニシの影響で低標高が最盛期を迎えそうだ、という話を伺った。なるほど。

疲れていたので拠点に帰り、大雨の音を聞きながらさっさと寝たが、なんと某所でイワサキワモンベニヘビが現れたらしい。探索すべきだった…

10/27

この日は後輩が朝一番の船で来るとのことだったので早起きして待っていたが、案の定強風で上原便が欠航したという。ベースから大原まで車をかっ飛ばし、無事合流。

カメムシが大好きな彼のために日中は接待採集ならぬ接待運転をした。そこそこいいものが採れたらしいのでヨシ…

さて、夜になったのでヤエマル探し。低標高を中心に攻めようと思ったのだが、まったくいない。同行者は腐るほどいるゴキブリが欲しかったそうなのでそこそこ楽しんでいたが(余談だが、彼が黒く大きな虫=ゴキブリを指さして叫ぶのでびっくりしっぱなしだった。うん、初めての南西諸島はテンション上がるよね…)。

この日は別の山に行ったりもしたが、採集者>サキシマハブ>クワガタ=0という結果でした…

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10/28

写真を撮っていないが中歯が採れたので同行者にあげた。

10/29

朝車で走っていたらカンムリワシに遭遇。八重山は5回目だが初見であり、とても興奮した。

西表を旅立った。台風で船が止まらなくて本当に良かった。

石垣でセダカヘビを探したが見つからず。車道から5分のところに大歯が2頭いて何とも言えない気持ちになった。

10/30

福岡に帰った。

 

今回の採集では、自分が学んできたことをフル活用し、大きな事故に巻き込まれることもなく狙いの虫と出会うことができた。西表の原生林に感謝したい。

思えば、満身創痍でない状態で西表で探索を行ったのは初めてで、落ち着いてフィールドを味わうことができたのはいい経験になった。今度はさらなる生き物に出会えるようさらなる精進あるのみ。

さて、今回も言葉の端々に匂わせていたが、「採集者」による地元住民との軋轢というものを今回は感じることが多かった。公有スペースにとまる大量のレンタカー、深夜に集まり騒ぎ、遭難によりレスキューを出動させ、さらに今年は一般島民との直接的なトラブルもあったという。

思うに、西表島はこれまで法令的にも感情的にもかなりフィールドワーカーに対する風当たりが穏やかなものであったように思う。自分もこの島でフィールドワーカーという身分を明かして地元の方と談笑したり施設を使ったり…ということは何度もあるが、他の離島でたまに耳にするような「敵意」というものを向けられたことは一度もない。そんな島だからこそ、マナーを守ることに必死になるべきだと思うのだが…

今後はおそらく、今のような自由を謳歌することは不可能になるだろう。しかしながら、それでも愛した原生林を、不自由の中の自由の範囲内で愛せるような落としどころに落としてほしい、というのが本音である。そのためにも、自分とその周りだけでも、理性的なフィールドワークを心がけていきたい。