全世界的にUFOの日こと6月24日が今年も近づいてきた。
このクッソくだらない人生の岐路はどこかと問われたなら、聖書、「イリヤの空、UFOの夏」を中学2年生の夏休みに読んだことだと断言できる。
あの時期にあの”おかしくて切なくて、どこか懐かしいボーイ・ミーツ・ガール”を読むことは、「ドグラ・マグラ」よろしく精神に異常をきたす行為であるといえる(ドグラ・マグラを読んだことはないのだが)。
UFOの夏が”終わった”あの日から、淡々と流れる無価値な日常にある日突然誰かが、何かが現れ、ボーイ・ミーツ・ガール(別にガールでなくったってよかったのだ)の主体として、セカイを向こうに回して戦って死ぬもんだと本気で思い込んだ。その偏執的な願望こそが、自分の意味だった。
どこにも存在しえない”懐かしさ”を勝ち取り、守り抜くため、自己研鑽と称して喘息もちだというのに駅伝部に入ってランニングしたり河川敷で木刀を振ったりもした。
14歳、中学3年生の秋、自分のもとに夏が来ない事を知ったあの日に一度死んだのだと思う。
死んだように生きた2年間の高校生活と1年間の無職期間を経てたどり着いた大学生活も所詮は”輝かしい余生”であり、労働を始めてからは輝きすら失われ、辛うじてあった生の実感は一切ない。
毎年6月24日は聖書を読み返しているのだが、年々下らなさを増していく現実とのギャップを受け入れることがしんどくなってきている。
…今年も読み返すつもりだけれども。「無銭飲食列伝」以降はどうしようか。つらいなあ。
先日は九州へ。
阿蘇はド強風だったのでムナコブはおらず。
毎度のことながら阿蘇と大隅との相性が悪すぎる。雨くらいなら許容範囲だが、強風やら台風が来るもんだからお話にならない。
鹿児島方面に転戦すると清々しいほど晴れたのでマイポイントへ。
ムラサキアオカミキリ。
たくさんいたが立地上網を振り回しづらいので樹幹で1オス、木取りで1メス(ほんとに?)
まあ最低限来た甲斐はあったかな…という感じ。
これ食ってる時が1番九州に来てよかったと思ったよね。